三谷幸喜の母親はどんな人?教育方法や育て方、幼少期の生い立ちも

「ラジオの時間」「みんなの家」などの作品で有名な脚本家・映画監督の三谷幸喜さん。

9月13日に中井貴一さん主演「記憶にございません!」の封切りの公開を控えていらっしゃいます。

 

これまでに数々のヒット作を生み出している三谷さんですが、その幼少期はどのようなものだったのでしょうか。

 

三谷さんの生い立ちや、母親の三谷直江さんの育て方についてなど調べてみました。

三谷幸喜さんの生い立ちは?

三谷さんは、1961年〈昭和36年〉7月8日生まれで東京都世田谷区出身です。

 

世田谷区立給田小学校、

世田谷区立烏山中学校、

世田谷学園高等学校を経て

 

日本大学藝術学部演劇学科卒業。

 

少年時代には、『とんねるず』の木梨憲武さんと同じサッカークラブに所属していたそう。

なお、木梨さんは2軍だったが三谷さんは11軍で、運動は得意ではなかったようです。

 

父親(三谷さんが10歳の時他界)はクラブ経営などをしており、バイオリンを習っていたりと家は裕福でした。

一人っ子で、割と甘やかされて育ちます。

 

小学校時代には母親と2週間のスイス旅行へ行く経験もされているということで、かなりのおぼっちゃま育ちだったんですね。

 

イタズラっ子だった少年時代

笑わせること、驚かせることが大好きだった三谷さん。

ラッシュ時の駅のホームで「お父さん!」と叫び、サラリーマンをいっせいに振り向かせたり、学校のテスト時に自作の偽答案を事前に作成して配ったりと、イタズラ好きの子供でした。

 

友人と扮装して歩き回ったりする遊びが好きで、その頃からクリエイターだったんですね。

 

小学校時代から脚本を書いていた

三谷さんと脚本との出会いは小学生時代。

父親が俳優という同級生を通じ手に入れたドラマの脚本を見て書き方を学びました。

 

そして小学4年の時、クリスマスお楽しみ会で演じる劇『雪男現る』という脚本を執筆

これが、三谷さんの初脚本でした。

 

小学6年生の時には、卒業謝恩会でやる劇時代劇『国定忠治物語』を制作。

これは、NHKの時代劇に影響されたものでした。

 

小学校の頃から脚本を書いていたとは…さすがです。

 

中学校では演劇部を創部

中学へあがると、自ら演劇部を立ちあげ、中1で『そして誰もいなくなりかけた』という作品を執筆、上演しました。

推理小説をパロったタイトルが秀逸ですね。

 

その頃から8ミリカメラにも目覚め、映画の制作にも手を広げます。

 

高校時代にはミステリー短編映画を製作。

『古畑任三郎』の原点となる作品もそこで生まれました。

 

大学在学中に劇団を結成

1983年、劇団「東京サンシャインボーイズ」を結成。

初期には「一橋壮太朗」の芸名で自ら役者も務めてていました。

 

同時期、テレビ朝日の深夜番組『ウソップランド』で視聴者からの映像作品を募集する「チャレンジビデオコーナー」へ自ら制作した作品を投稿し、それが採用されて放送されたことも。

 

劇団と並行して放送作家もつとめ、1993年に『振り返れば奴がいる』で連続テレビドラマの脚本家としてデビューしました。

 

三谷さんの母親はどんな人?教育方法は?

三谷さんの母、直江さんは九州出身の女性で、三谷さんが高校生時代にはフィリピンパブを経営していたり、大学生時代には喫茶店を経営していたそうで、アクティブな女性です。

 

三谷さんが10歳の頃、三谷さんの父である当時の夫と死別していますが、大学時代に再婚されています。

 

三谷さんの母は、三谷さんをどんな風に育ててこられたのでしょうか?

溺愛されて育った

三谷さんのお家は裕福で、ひとりっこだったのもあり両親からは溺愛されて育ったそうです。

そういう環境下で、三谷さんの自信や自分の作品を表に出す積極性が培われたんですね。

 

絵本は読まず、自作のお話を聞かせていた

2歳の頃から、寝る前はお話の時間を設けて居ました。

お話は絵本ではなく、母の創作でした。

 

絵本でなく、母の口から語られる創作話で育ったことで、三谷さんの想像力が鍛えられたのでしょうか。

 

途中から、創作のお話をする役目は母から三谷さんへと移って行きました。

 

三谷さん自身も子煩悩

三谷さんは2011年、16年間連れ添った1人目の妻、小林聡美さんと離婚。

2013年に19歳年下の一般女性との結婚。

 

そして2016年、一児のパパになりました。

 

著作の中でも子供への愛情を語るなど、大変子煩悩なようです。

 

今頃はおしゃべりも上手になる頃の息子さんですが、三谷さんはお母さまがそうされていたようにお話を創作して語り聞かせたりしているんでしょうか。

 

お父さんの才能を受け継いで創作の道に進むのか、違った方面で頭角を現すのか、お子さんの今後の成長にも注目ですね。